東京地方裁判所 昭和32年(行)31号 中間判決 1960年7月13日
原告 国土産業海陸株式会社
被告 東京都知事
主文
原告には本件請求につき法律上の利益がある。
事実
(請求の趣旨)
一、被告が昭和二七年一〇月三〇日付建道収第三八一三号許可書をもつて社団法人東京都観光協会に対してなした「東京都中央区銀座四丁目地先三原橋両側使用を許可する。」旨の処分は無効であることを確認する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
(請求の原因)
一、原告は東京都中央区銀座東四丁目四番の一三宅地九八坪八合一勺および同所同番の一四宅地一〇一坪九勺の所有者であるが、右土地は、被告が公有水面埋立法により東京都中央区に存したいわゆる三十間堀を埋め立てた土地の一部で、昭和二四年七月二三日、右埋立の竣工認可により東京都の所有土地となつたものがさらに払い下げられたものであつて、原告は、現在右土地上に鉄筋コンクリート建地上九階、地下二階のビルデイングを建築所有している。
二、被告は、昭和二七年一〇月三〇日、社団法人東京都観光協会(被告および東京都庁高級職員が理事者となつている。(以下観光協会という。)に対し、その出願により請求の趣旨記載のような許可処分(以下本件許可処分という。)をしたが、右処分は次のとおり違法であつて、そのかしは重大かつ明白であるから、無効である。
なお、本件許可処分をするにさきだち、被告は、観光協会に対し、昭和二六年八月二八日、三原橋下占用を許可し同年一一月一九日、同橋両側自費改修願を許可し、その後占用目的変更の許可をするなどの既成事実をつみかさね、ついに本件許可処分に至つたのである。
三、本件許可処分が違法である理由
(一) 利用計画に違反している。
当初三〇間堀の埋立については、地元民の反対があつたことと首都東京の中心地域でもあるで、埋立地の利用についてはその方策が被告を委員長として東京都議会議員、地元住民代表者および東京都庁職員らによつて組織された三〇間堀埋立運営委員会において検討された結果、被告から道路の配置、緑地帯の範囲および形状、払下地の範囲等を示した図面が提出され、右委員会もこれを承認し、右図面に示されたとおり埋立地について払下部分と公用残置部分とが決定されたのである。しかして右決定されたところによると、本件許可処分がなされた土地は緑地帯(道路敷)として存置されるべき土地である。従つて、本件許可処分は右利用計画決定に違反した処分である。なお、右図面は土地の払下希望者にも開示されたのであり、原告は、右図面(利用計画決定)のとおり新市街地が造成され理想的市街が出現するものと信じかつ予期しては多大の金員を支払い、前記土地を買い受けたのである。
(二) 道路法に違反している。
(1) 本件許可処分の対象である土地が公有水面埋立法にもとずいて埋め立てられた三〇間堀埋立区域に属する道路及び緑地部分であり、同法にもとずく埋立免許の条件によつて都市街路及び緑地計画により必要な公共用地として国に帰属すべき土地であつたことは公知の事実であるが、被告が本件許可処分をするにあたつては道路法第一八条第一項後段の規定にもとずいて道路の区域を決定した上建設省令で定めるところによりこれを公示し、かつこれを表示した図面を東京都の事務所において一般の縦覧に供しなければならいのにこれらの手続を怠つている。
(2) 道路法第三三条によれば道路占用の許可は政令に定める基準に適合する場合に限りすることができるのに、本件許可処分は右基準に適合しない。
(三) 仮りに以上の主張が理由がないとしても、被告は本件許可処分に「本件の許可後周囲の利害関係人から異議の申立があつたときは必要に応じて許可を取り消し、出願人の負担で原状回復させることとする。」旨の条件を付したので、本件許可処分の対象である土地の前面に土地を所有する原告利害関係人として被告に異議を申し立てたが、その結果本件許可処分は当然にその効力を失つた。すなわち、原告は、昭和二九年三月二九日、東京都中央区銀座東四丁目四番地の一三の土地を武田義雄より、また同所同番の一四の土地を児玉雄一より、それぞれ同人らが東京都より買い受けたのをさらに買い受けて所有権を取得(登記は中間省略により東京都より原告になされている。)したが、武田、児玉らと東京都との売買契約には「取得土地に建築する建物は公共的、国際的、文化的用途に供するものを主とし、次の用途に供する建築物はこれを建てないこと、(1)工場、(2)倉庫、(3)ブラツクマーケツト、(4)その他土地発展上不適当と認められるもの」との条項が存在しており、この義務はまた原告において承継したものである。その結果、被告の管理する土地が緑地帯として原告所有土地の前面に存することによつて、原告所有土地は便益をうける法律上の権利を有するのである。しかるに、本件許可処分がなされ、観光協会が右処分のあつた土地を新東京観光株式会社(以下新東京という。)に転貸し、新東京がその地上に別紙物件目録記載の建物を建築して所有することによつて原告所有土地および同土地上の建物の経済的価値は著しく毀損せられるに至つた。そして、前記本件許可処分に付された条件によつて生ずる権利義務関係および原告が売買契約によつて承継した権利義務関係は、前記三〇間堀埋立運営委員会で審議、決定された計画的統一的行政上の考慮に基く行政処分により生じた公法上の権利義務関係にほかならないから、原告は本件許可処分に関し利害関係人として本件許可処分が当然その効力を失つたことを主張することができる。
三、よつて請求の趣旨のような判決を求める。
(被告の答弁)
一 本案前の申立
(一) 本件訴を却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
二 本案前の申立の理由
(一) 請求原因事実のうち、被告が請求の趣旨記載の本件許可処分をしたこと、原告がその主張の土地を所有していること、新東京がその土地上に別紙物件目録記載の建物を建築所有して右土地を占有していることはいずれも争わない。
(二) 原告は、本件許可処分には何らの関係のない第三者であつて右処分によつて原告の権利が侵害されることはとうてい考えられないので、原告がその無効確認を求める利益はない。仮りに、別紙物件目録記載の建物が原告所有の土地の前面にあるため原告の土地建物に不利益を及ぼしているとしても、それは直ちに原告に対する権利の侵害になるわけではなく、又仮りに権利の侵害になるとしても、それは観光協会に対する本件許可処分によつて生じたものではない。(なお、原告がその所有土地を買い受けるに際し、本件許可処分の対象である土地を含むいわゆる三〇間堀埋立地一帯の緑地化計画の実現を信じていたとしても、それは単に原告が売買契約を結ぶに至つた動機あるいは契約当事者間における問題にすぎず、道路管理者である被告が行つた本件許可処分とは何ら関係がない。)また、仮りに、原告が、その主張のように、本件許可処分に付せられた条件にいう利害関係人に該当するとしても右条件は観光協会に対する許可処分に付せられたものであつて、原告自身は右条件について何ら法律上の関係を有する立場にないから、原告が単に右条件中の利害関係人に該当するからといつて、直ちに本件許可処分の無効確認を求めるについての法律上の利益を有するものとはいえない。
(三) 本件許可処分にもとずく使用期間は昭和三〇年一二月四日をもつて満了しているので、もはや本件許可処分の無効確認を求める利益はない。
(四) 仮りに以上の主張が理由ないとしても、原告の主張は、要するに、原告所有の土地の前面に新東京の建物が存在するために原告の土地建物の所有権が侵害されているということなのであるから、原告としてはその土地建物の所有権者として新東京に対して妨害除去の請求をすれば足りるのであつて、現に原告はその請求をしているのであるから、原告が被告に対して本件許可処分の無効確認を求める実益は存在しないというべきである。
(五) 以上のとおりであるから、いずれにしても本件訴は法律上の利益がないので不適法である。
(被告の本案前の主張に対する原告の反駁)
一、被告の本案前申立の理由(二)について。
(一) 本件許可処分には、請求の原因三(三)に記載したような条件が付せられているところ、すでに主張したとおり原告は右条件の条項にいう利害関係人であるから、本件許可処分についての第三者であつてもその処分の無効確認を求める法律上の利益がある。すなわち、原告の所有土地の前面に緑地帯として存置される筈であつた土地上に、本件許可処分によつて新東京の建物が建築された結果、原告の所有土地建物は地域的場所的な不利益をこうむり、そのために原告所有の土地建物の経済的価値が著しく毀損されるに至つたので、原告は本件許可処分が無効とされることにより法律上の利益を受ける立場にある。
(二) 別紙物件目録記載の建物が原告所有土地の前面に出現したのは、被告が観光協会の申請にもとずいて道路法により道路の使用を許可した結果であり、そのことは観光協会が被告に対して提出した昭和二七年九月三〇日付「三原橋両側使用願」と題する書面に「両側上に美麗なる建築物(二階建)を建造し……」と記載されており、右願にもとずいて本件許可処分がなされたことからも明らかである。
(三) 本件許可処分は、土地の権利主体である被告が観光協会に道路の占用許可をしたものではなく、公共用財産である道路の管理義務者としての被告が、道路法の規定にもとずいてその管理行為の一つの態様として観光協会に占用許可をしたものである。そして、一般に、道路、その他の公共用財産の管理義務者である行政庁が第三者にその使用を許可する場合には、その財産が最も公共性を発揮しうるように使用目的を制限し、あるいは使用の条件を付する義務があり、本件においても被告が道路の管理義務者として観光協会に対し占用許可をするに当り、前述のような条件を付したものであるが、右条件の条項にいう利害関係人には、道路が使用者のみならず国民全体の共同の財産であることからして、右占用によつて経済的に損害をこうむつている原告を当然に含むと解すべきである。そして、右条件が被告の主張するように観光協会に対する本件許可処分に付せられたものであるとしても、現実に利害の対立が存在するのは原告と観光協会及び新東京の間においてであり、利害関係人である原告こそ右条件によつて法律上の利益を受ける立場にあるのである。
二、被告の本案前申立の理由(三)について。
本件許可処分の使用期間が満了しているとしても、観光協会及び新東京の占有状態は現在も継続しているので、さらに同一の条件によつて新たな使用許可処分がなされる危険――むしろ蓋然性――が存在する。原告はその危険を負つているのであるから、本件許可処分の無効確認を求める利益がある。
三、被告の本案前申立の理由(四)について。
原告がいかなる方法、程度によつて権利の保護を求めるかは原告みずからの決するところであつて、被告主張のような理由は、原告が本訴を提起するについて利益がないことの理由とはならない。
(証拠関係)<省略>
理由
一般に行政処分の相手方以外の第三者が当該行政処分を攻撃してその取消あるいは無効確認を求めることができるのは、原則としてその第三者が当該行政処分によつて直接にその権利又は法律上の利益を侵害された場合に限られると解されている。本件において原告は本件許可処分が違法であることの理由の一つとして、本件許可処分の対象である土地(以下本件土地という。)は公有水面埋立法にもとずいて埋め立てられたいわゆる三〇間堀の埋立区域に属し、その利用については被告、東京都議会議員、地元住民代表者、東京都庁職員らよりなる三〇間堀埋立運営委員会の決定にしたがうべきところ、右決定によれば本件土地は緑地帯(道路敷)として存置されることになつているのに本件許可処分は右決定に違反して観光協会に使用を許そうとするものであると主張しているが、一般的にいつて都市内にある公有水面の埋立区域などに緑地帯を設置するかどうかはそれが都市全体の上に占める位置、付近の状況、環境衛生、美観等色々な観点から一般公共の利益となる要素を斟酌考慮して決定されるものであつて、通常は周囲の土地の所有者、居住者などの個人的な利益をその直接の対象とするものではないというべきであろう。したがつて、右緑地帯たるべきものが緑地帯として存在しないということは一般公共の利害関係に影響するものとはいい得ても、原告が本件土地に隣接する東京都中央区銀座東四丁目四番の一三宅地九七坪八合一勺及び同所同番地の一四宅地一〇一坪九勺を所有しているということ(これは当事者間に争がない。)だけでは原告が本件土地が緑地帯であることによつて受ける利益は、かりにそれが利益であるとしても、たんに右埋立区域が緑地帯たることから来る反射的利益ないし偶然の事実上の利益であつて、まだ法律上保護されるに値する利益ということはできないと解すべきである。しかしながら、成立に争のない甲第二ないし第五号証によると、原告の所有する土地は本件土地と同じく東京都がいわゆる三〇間堀を埋め立てた土地の一部であつて、東京都から昭和二五年三月に訴外武田義雄(四番の一三の土地)及び訴外児玉雄一(同番の一四の土地)に払い下げられたものを原告が同人らから東京都の承認を受けて買い受けたものであること、東京都が右土地を武田らに払い下げた際同人らは被告の承認した構造の建物のみを建築し、かつその建物は「公共的、国際的、文化的用途に供するものを主とし、次の用途に供する建築物はこれを建てないこと、(1)工場、(2)倉庫、(3)ブラツクマーケツト、(4)その他土地発展上不適当と認められるもの」という条件が付せられていたことが認められる。しかして東京都が払下にかような条件を付したのは前記三〇間堀埋立区域が都心の繁華街に位置し、将来益々市街地として高度の発展を遂げることが予想されるところから、かかる発展を妨げるような土地の利用方法を禁止したものと考えられ、もし原告主張のように埋立区域の一部払下当時その一部たる三原橋両側が緑地帯として存置されることが決定されていたとすれば(事実かような決定があつたかどうかは本案の審理において判断されるべき事柄である。)、かかる決定もまた前記観点から公共の立場においてなされたものというべく、その意味で原告の土地と本件土地との利用上の制限は全体としての都市建設上公共の立場からなされた政策の一環をなすものであつてそれ自体相互に関連あるものというべく、前記武田らとしてはその隣接地たる本件土地が緑地帯として存置され従つてその地上に建物が築造されて自己所有地の前面をふさぐようなことはないものと期待してこれを考慮のうちに入れた上その反面前記のような払下地の利用方法に付せられた制限を諒承してその払下を受けたものと考えられるから、同人ら及び同人らから東京都の承認を受けて右土地を買い受けたことにより右利用方法に関する制限をそのまま承継したものと認むべき原告においてその隣接地である本件土地が緑地帯として存置されることによつて受ける利益はもはや単に反射的な利益あるいは事実上の利益であるにとどまらず法律上保護される利益にまで高められているものというべきである。しかして新東京が本件土地上に別紙物件目録記載の建物を建築所有して右土地を占有していることは当事者間に争がなく、右事実と成立に争のない甲第一号証の三、四、第一二号証の(イ)ないし(ヘ)、文書の体裁自体により成立を認めうる甲第七号証の一、二によれば、本件許可処分は最初から観光協会が本件土地上に建物を建築することを予定していたこと、かかる建築を許す許可処分に対しては利害関係人から異議があるべきことを予想し、その場合は必要に応じて許可を取消し出願人の負担で原状回復をさせることとしていること、観光協会は右許可を受けるや自らこれを使用せず事業委託の名目で新東京に事実上本件土地を転貸し、新東京において前記建物を建築所有していること、本件土地が緑地帯として存置されることなく新東京がその地上に別紙物件目録記載の建物を建築したことにより原告所有の前記土地は旧三原橋道路に面する前面をふさがれ、その価格は本件土地が緑地帯として存置される場合にくらべてほぼ半減するにいたつたことを認めることができるのであつて、原告のこうむる右不利益は直接具体的には新東京が本件土地上に建物を建築したことによるものではあつても、もし本件許可が本来なすべからざる違法のものでありかつ無効のものであるとすれば本件土地は緑地帯として存在し、ひいては新東京の建築も許されなかつたであろうという一連必然の関係にあることは明らかであるから、結局において原告は本件許可処分によつて法律上の利益を侵害されたものというべきである。
つぎに本件許可処分にもとずく使用期間が昭和三〇年一二月四日をもつて満了していることは当事者間に争のないところであるが、本件土地上には新東京の所有する別紙物件目録記載の建物がいぜんとして存続しており、右期間満了後も本件口頭弁論終結時(昭和三四年一二月三日)にいたるまで被告が本訴において期間満了による利益の喪失を指摘しながら事実において観光協会あるいは新東京に対して右建物の収去を求めた形跡は全く認められないのみでなく、現に同一の状態が継続しているところからすれば、むしろ被告が将来観光協会に対して本件許可処分の使用期間を遡つて延長し、あるいは本件許可処分の更新ないしこれと同様な内容の道路占用許可処分をするであろうことは十分に予想されるところである。したがつて原告は本件許可処分の当初の使用期間の経過の後であつてもその無効確認を訴求する利益を有するものといわなければならない。
以上のとおりであるから原告は本件許可処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するものというべく、民事訴訟法第一八四条を適用して主文のとおり中間判決をする。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)
(別紙目録省略)